音楽の魔法

 今、「スタン・ゲッツ/チャーリー・バード」と「アストラッド・ジルベルト/いそしぎ」のライナー・ノーツを書いています。

 普通に考えてこれらのアルバムは「評論家からは音楽的評価が低い」とされています。でもちょっと待って下さい。あなたは本当にこの2枚のアルバムと向かい合ったことはありますか?

 1962年と1964年というボサノヴァアメリカのジャズに溶けこんでいく瞬間。ヴァーヴという素晴らしくバランスの良いレーベルで、当時の世界最高のミュージシャン達が「僕たちが今初めて取り組んでいる新しいボサノヴァという音楽はこんな風な演奏で良いんだろうか?」と様々に試行錯誤しながら、一つ一つ音を確かめながら演奏しています。そして真摯に耳をすませば彼らの音の試行錯誤は2011年に住んでいるこちら側の世界の私たちの心をザワザワと震わせます。


 そして確実に言えることは1960年代当時に演奏している彼らは「音楽の魔法」を信じていて、21世紀になってもその魔法が消えていないことを信じています。

 おっと、「音楽の魔法」という言葉について「何それ?」というあなたに。

 音楽は魔法です。誰かを失ってとても悲しいとき、ある種の音楽は私たちを助けてくれます。ひとりぼっちで何も信じられなくなったとき、音楽は「それも良いんじゃない」とやさしく笑いかけてくれます。誰かに恋をしたとき、音楽はそっとあなたに近づいてやさしく背中を押してくれます。それが「音楽の魔法」です。

 私はアストラッド・ジルベルトの「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を聴くと今すぐあなたと一緒に月へと旅立つことが出来ます。月には静かな湖があり、私はあなたとシャンパーニュのグラスをかたむけます。月からは青い地球が見えてあなたはその美しさにため息をつきます。

 ゲッツとチャーリー・バードの重苦しい「バイーア」を聴くと、私たちの想像の中にしか存在しない、あの熱帯のバイーアをあなたと歩くことが出来ます。木には極彩色のオウムがとまり、あなたはそれを見て驚きます。そしてオウムは未来の言葉で私たちに話しかけます。

 本来、音楽はそういう魔法を持っていたはずです。

 そして1962年と、1964年のアルバムに参加したミュージシャンやヴァーヴというレーベルのスタッフ達もその魔法を信じています。

 私たちは50年後の2061年のリスナーにどんな音楽の魔法を届けることが出来るのでしょうか。